真面目系クズの自由帳

風呂えもんが日々考える事柄を書き綴るよ。ツイッターやってるよ。おしゃべりしようず。

風呂えもんは漫才師の夢を見るか?

風呂えもんは漫才師を志していた時期がある。
 
大学4年生の時、大学の単位をすべて取得し何もすることがなくなった。
普通は就活をするんだろうが、風呂えもんはその足で某プロダクションの芸人養成所のオーディションに向かっていた。
相方は大学の部活の先輩。私がネタを書き、ボケをして、先輩にはツッコミをしてもらった。

 

私は漫才がしたかった。コントのように小道具を用いない、身振り手振りで全てを表現する。
しかし、ボケとツッコミががあーだこーだしゃべってるだけの漫才は苦手だった。古臭いと思っていた。
いわゆるコント漫才サンドウィッチマンアンタッチャブルのような漫才がしたかった。
 
オーディションでやったネタは何だったろうか。
スポーツブラを何か色々するネタだった気がする。
確かスポブラを振り回していたかな。 最後はスポブラを食べていた気がする。あんまり覚えてない。
 
この時点で危険な香りがプンプンする。
世が世なら鉛玉をぶち込まれても文句は言えない。
ただ、当時の私は自信があった。
「ポップなお笑いだろ?わかりやすいだろ?シュールに逃げない。これこそが漫才だろ?」
そう思っていた。
 
今考えれば勘違いも甚だしい。
スポーツブラを振り回して食べることのどこがポップなのだろうか。
シュールでもない、リアリティもない。極論言うと面白くもない。私はクスリでもやっていたのかもしれない。
 
このスポブラ漫才に審査員は何を見出したのか。
奇跡的にオーディションに合格し、私は養成所に通いだした。
「今日からワイもイケてる漫才師やな。ワイの斬新で、ポップなお笑いは日本にセンセーションを起こすんや。」
そんなことを考えていた。
 
それから当面の目標は初舞台となった。初舞台に向けて、新しいネタを書き始めた。
ここでも私は一つの勘違いをしていた。
 
「漫才師たるもの同じネタを2度やらないんや!常に新しいお笑いを提供するんや!!」
何を言っているのか。この思想が私の漫才師生活を今後も縛り上げていくので覚えておいてほしい。
こうして私たちはめでたく
「舞台で一度もやったことがないクオリティの低いネタを毎回舞台で披露する芸人」
というクソ芸人にジョブチェンジした。
 
この時私たちは、もしかしたらスポーツブラを振り回して、食べるネタをブラッシュアップして挑むべきだったのかもしれない。
一つのものを完成度を上げ続けることの方が大事だと今考えれば思う。
 
多分私は怖かった、逃げたかったのだろう。
毎回新しいネタを出すことで「ネタのセンスがない」という事実から逃げていたのかもしれない。
何度も何度も練習し、完成度を上げたとして、それを見せた結果つまらないと言われたら、私の才能、ネタのセンスを否定されるような気がしていたのだろう。
常に未完成品を見せることで、私は自分の才能を肯定し続けたのだった。
 
それで私たちの初舞台はネタは一体どんなネタだったのだろうか。
実は結構覚えている。キスするときにコンドームを頭にかぶって避妊するネタだったか。
なんか少しウケた。良かった。
 
ああ、懐かしい。
こんなクソブログで自分の考えたことをふざけた文章で書き殴っている時点で、私はまだ夢をあきらめられていないのだろう。